♪「秋の高原にて」
この曲は、聖地自然巡りで乗鞍へ行った時の、高原での瞑想をもとに作られました。
そのイメージは、「様々な罪や苦しみを経験した魂が、この世のものともつかない雲の上の高原で、広大な時の流れと宇宙の愛がひとつになった空間に包まれて、すべてが許されていたことを悟り、感謝の念とともに慈悲の世界に入ってゆく......」そういったものでした。
それをもとに、初めの部分のモチーフは浮かんでいたのですが、続きがなかなかできずにいました。
でも、不思議なことに「如来光」ができた時、乗鞍の世界に入っていたためか、そのままこの曲も一気に仕上がったのです。
乗鞍の山の力強い大地は威厳があり、私たちの魂を受け入れています。
ここでは天に近いせいか、生きることと死ぬこととが等価にあるような気がします。
その中では、時の流れさえもひとつになって、過去と現在と未来のすべてが同時に存在するように感じたりもするのです。
そこから、初めに書いたようなストーリーが生まれました。
いつも実際に山に入って思うのは、やはり、山には神様がいるんだなということです。
それは日本人が昔から自然に神を見、仏を見ていた感覚なのかもしれません。
乗鞍の山では、個人的感覚では、男性性と女性性の両方の側面を持った神を感じましたが、この曲は、どちらかというとその女性性の側面から生まれました。
母なる大地とよく言いますが、そういった要素かもしれません。
乗鞍の山は母のようにすべて受け入れてくれると同時に強さも持っています。
それは、子を独り立ちさせるために突き放す母の様相でもあります。
私が乗鞍の高原から受けた印象はそういったものでしたが、この曲を聴いて少しでも乗鞍の神の一面を感じていただけたらと思います。(小林)
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