聖地めぐり
ひかりの輪で行っている日本の聖地めぐりのご案内です。

出羽三山・修験道体験・聖地巡り

【出羽三山3】山頂より泉湧く山・羽黒山2

  山頂とは思えないほど、境内は広々としていて、中心に鏡池があり、水が湧いていました。
じつはこの羽黒山の古来のご神体は、この鏡の池なのです。

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 ※三神合祭殿遠景 囲いの中が鏡池

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博物館で、出羽三山の歴史や信仰などの勉強をさせていただいた後は、山頂にあるいくつもの神社などで勤行の祈りを捧げました。
神社の境内に、お寺の鐘楼があるところなどからも、神仏習合の御山なのだということが実感されます。

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この御山の開山の祖である蜂子皇子(能除太子)は、崇峻天皇の皇子、聖徳太子の従兄弟であり、聖徳太子が、崇峻天皇が蘇我氏に殺害された時、蜂子皇子が難を逃れるようにと、出羽山に送ったとされています。
その意味では、聖徳太子なくして羽黒山修験道は生まれることはなかったのかもしれません。

ひかりの輪では、聖徳太子の和の思想を大切なものだと考え、これまでの聖徳太子ゆかりの聖地をたくさん巡礼させていただいたため、蜂子皇子にも心よりお祈りさせていただきました。

蜂子皇子のお墓で勤行を行いました。宮内庁管轄で、菊の紋章のお印がありました。

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蜂子皇子の旧墓でも勤行を行いました。
不思議な古代文字が記されていました。

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古来、この御山の中心の神社だったという蜂子神社で勤行をさせていただきました。
この神社は、神社なのに、てっぺんに如意宝珠をいだいて、お寺のようなつくりをしています。

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最後に、ご神体である鏡池で勤行を行いました。

この鏡池は神聖な池で、まるで蓮華が咲き乱れるように上祐代表には感じられ、惹きつけられたようで、しばらくそこから離れなくなってしまっていました。
参加者の中には、観音菩薩が次々に立ち現れるように感じられた人もいました。
ここは山頂に泉が湧き、龍の神の棲まうという水の聖地なのでした。
御山のてっぺんに湧くお水を、古来大切にお祀りしてきているのです。

>>上祐代表が日記に書いています。「羽黒山・鏡池の体験」http://ameblo.jp/joyufumihiro/entry-10973866286.html

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◎荒沢寺正善院・黄金堂

羽黒山の参拝を終えて御山を下り、次は宿坊の通りにある、荒澤寺正善院・黄金堂へと向かいました。
ここは、羽黒修験で秋の峰という九日間の厳しい行が行われるお寺の一つです。

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お堂で勤行をさせていただいた後、僧侶の方から、羽黒修験が、明治時代の神仏分離、修験道廃止、廃仏毀釈の壮絶な嵐の中で、修験道を守ってこられた貴重な経緯をお聴きする機会に恵まれました。
神も仏もいらっしゃる御山をお祀りする修験道では、仏教・神道との区別などはもともとないものだったのです。
お堂の中には、難を逃れた貴重な仏像がたくさん安置されていて、当時の様子を感じることができ、羽黒修験は、古来の信仰を途切れることなく現代に引き継いでいる貴重なものなのだと改めて実感しました。
また、羽黒山の神仏は、水の神、龍の神であることも、お話をお聴きして改めて知ることができました。

◎注蓮寺

  次は、湯殿山方面に向かう中で、即神仏をお祀りする注蓮寺へと向かいました。
江戸時代初期以降、湯殿山付近にのみ、即神仏の伝統があったということです。

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お堂の中には、鉄門海上人が祀られていて、お堂の方からお話をお聴きしました。
即神仏とは、生前から修行を積み重ね、自らの罪を除くとともに、飢餓や悪病に苦しむ衆生を救うために、一千日~数千日の間の木喰行、五穀断ち、断食行断食をして生きたまま土中の石室に入り、仏の名を唱えながら、一身を捧げることを自身の意志によって選び取った僧侶のミイラであるということでした。
生前は多くの公共事業をなした愛情深いお方だったということです。
ここでも勤行を行い、震災被害からの早期回復と、国家の安泰、平安をお祈りさせていただきました。

 

次回は「【出羽三山4】深い神秘の湯殿山と、その地での虹」です。お楽しみに。

2011年7月30日  実施

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